Emulsion

エマルションまたはエマルジョン[1](英: Emulsion)とは、分散質・分散媒が共に液体である分散系溶液のこと。乳濁液(にゅうだくえき)あるいは乳剤(にゅうざい)ともいう。身近な例としてはマヨネーズ・木工用接着剤・アクリル絵具・写真フィルムの感光層・アスファルト舗装のシール剤が挙げられる。

ときどきエマルション液滴という記述があるが、エマルションとは懸濁している系を指しており、分散 媒中の滴を指す言葉としては誤りである(このままだとエマルションの状態を保った液体の液滴、という意味になってしまう)。

分離している2つの液体をエマルションにすることを乳化(にゅうか)といい、乳化する作用を持つ物質を乳化剤(にゅうかざい)という。

化粧品の乳液を指すこともある。一方、農薬ではエマルションと乳剤を区別し、有効成分を有機溶剤および界面活性剤に溶解した溶液(水と混合してエマルションにしてから使用する)を乳剤(emulsion concentrate:EC)と呼ぶ。

古い文献などでは濁点のあるエマルジョンという表記が多く、化学分野を中心に一般にも浸透しており[2]、写真フィルム[3]などでは業界用語として定着している。

一方、日本工業規格ではエマルションと表記するのが正しいため、産業関係では濁点のない表記が定着している[4]。

一般に、水と油のように相互に交じり合わない液体は、液滴状に分散しても界面張力が大きいために液滴が合体することで界面の表面積を小さくする作用が働き、最終的には2つの層に分離する。

分子構造のある部分と異なる部分が交じり合わない溶媒に対して親和性を持つ物質を両親媒性物質と呼ぶが、この分散系に両親媒性物質を添加するとこの物質がそれぞれの溶媒に配向するように界面を覆い尽くすように分布する。

一方の物質(混じり合わない液体のうちの一方または両親媒性物質、またはその混合物)が粒状に会合し(異なる分子が層状に分布し)ている構造をミセル(micelle)と呼び、両親媒性物質がミセルを形成すると液滴の分散系が安定化する。

この両親媒性物質が分布することにより界面張力は低下し、特にイオン性物質の場合は電気二重層を形成して液滴間に静電反発力が働くなど、界面を保護するように作用するため、分散系の液滴は安定化する。

たとえば石鹸など陰イオン系界面活性剤は疎水性基を油滴側、カルボキシレートアニオン基を水側に向けて界面に配向することで油を水に可溶化する。一方、カルボキシレートアニオン基の負電荷は分極した水を引き付け、アニオン電荷と分極した水の電荷から構成される電気二重層を形成する。これにより油滴表面には同種の電荷が存在するために油滴同士は反発し、エマルションは安定化する。

ミセルを形成するためには両親媒性物質(界面活性剤)が界面に一定量以上存在する必要があり、ミセルを形成するのに必要な最低限の界面活性剤濃度を臨界ミセル濃度(critical micelle concentration:CMC)と呼ぶ。この値が小さいほど界面活性剤としての能力は高い。

乳化剤(にゅうかざい、emulsifier)は、安定なエマルションを形成するために添加される両親媒性物質であり、一般には化学品の両親媒性物質である界面活性剤が用いられる場合が多い。食品用、化粧品用、工業用といった用途に合わせて様々な種類の乳化剤が存在する。

たとえば、マヨネーズにおいては、卵黄の脂質(リン脂質やステロール類など)が界面活性効果を表し、牛乳に於いては乳タンパク質が働くことで安定なエマルションを形成している。

水-油系エマルションを形成する場合、油滴が水に分散する水中油滴(O/W型)エマルションと油中水滴(W/O型)エマルションのいずれかの構成をとる。これは乳化剤の親水性と親油性の強度がどの程度であるかという性質によりどちらの状態をとり易いかが影響され、温度変化などによってO/W型とW/O型との間を移り変わる転相と呼ばれる現象も見られ、その温度を転相温度(HLB温度)という。

乳化剤(界面活性剤)の親水性と親油性の相対的強度を表す指標として親水親油バランス(HLB値)が用いられている。HLB値が大きいほど親水性の強度が強い。乳化剤のHLB値が大きいと水中油滴(O/W型)エマルションを形成しやすく、小さいと油中水滴(W/O型)エマルションを形成しやすい。

エマルションは熱力学的に不安定な系であり、非平衡状態にある。すなわち、未来永劫微細混合されている状態が保たれるわけではなく、いつかは必ず油と水に分かれてしまう。そこで、合一を出来る限り抑えるために、さまざまな乳化方法が検討されており、一般的には以下が知られている。機械乳化、電気毛管乳化以外は乳化途中に無限会合状態を経由する方法が取られており、被分散側の粒子径を出来る限り微細化することで合一を防いでいる。

機械乳化
電気毛管乳化
転相乳化
液晶乳化
転相温度乳化(PIT乳化)
D相乳化
可溶化領域を利用した超微細乳化

解乳化とは、乳化の逆を言う。つまり、エマルションになっている系を、積極的に安定な相分離系へ移行させるプロセスを言う。利用としては、原油にエマルションとして含まれている水の分離や、下水中にエマルションとして含まれている廃油の分離などがある。

Emulsionは「搾り取る」という意味のラテン語からきた言葉であり、ナッツなどから抽出した乳液を指した。ヴィネグレットソースやオランデーズソース、ブイヤベースなど、とろみのある料理やソース、ソーセージの充填物などを作る時、エマルションの原理が応用されている。また、サラダなどにエマルションソースをかけたものは、メニュー名に「~のエマルション」と冠される場合がある。 エマルションソースは高温になると乳化剤が安定を失うため、かける対象が熱すぎる料理には向かない。保温する場合も水分と油の比率が変化しないように注意する必要がある。冷蔵庫で保管するなどした場合、隣り合う液滴が融合したり油脂が固化してなめらかさが失われる場合もある[5]。

レシチン(lecithin)は、グリセロリン脂質の一種。自然界の動植物においてすべての細胞中に存在しており、生体膜の主要構成成分である。レシチンという名前は、ギリシャ語で卵黄を意味するレシトース(Lekithos)に由来する。

レシチンは、元々はリン脂質 の1種類であるホスファチジルコリン(Phosphatidylcholine)の別名であったが、現在ではリン脂質を含む脂質製品のことを総称してレシチンと呼んでいる。市場などでは原料に何を使用しているかで分類され、卵黄を原料とするものは「卵黄レシチン」、大豆を原料とするものは「大豆レシチン」と呼ばれ、区別される。

レシチンの特性として、油を水に分散させてエマルションを作る乳化力、皮膚や粘膜から物質を透過吸収する浸透作用がある。 このため、医薬用リポソームの材料、静脈注射用脂肪乳剤、痔や皮膚病の治療薬として利用されている。

体内で脂肪がエネルギーとして利用・貯蔵される際、タンパク質と結びついてリポタンパク質となり血液の中を移動するが、このタンパク質と脂肪の結合にレシチンを必要とする。体内のレシチンの総量は、体重60kgのヒトで600g程度である。レシチンの不足は、疲労、免疫力低下、不眠、動脈硬化、糖尿病、悪玉コレステロールの沈着など多くの症状の原因となる。[要出典]

レシチンは、搾油したての油に温水を加えて沈殿させたものを、遠心分離機を用いて分け取ったのち、乾燥させてつくる。水分を含んでいるときは黄色い豆腐状の物体となっているが、乾燥すると褐色の水飴のようになる。

フライパンや鉄板にくっつきにくくなる性質を利用して、炒め油および鉄板焼き油などに添加される。反面、乳化作用によって泡が立って吹きこぼれやすくなるので、揚げ物用の油には用いられない。

レシチンを多く含む食べ物には卵黄、大豆製品、穀類、ゴマ油、コーン油、小魚、レバー、ウナギなどがあげられ、これらの食品から抽出されたレシチンを用いた健康食品が販売されている。

植物性レシチンアブラナ科アブラナマメ科ダイズの種子の油脂から分離して得られたもの)は既存添加物名簿に収載されており、食品添加物として使用が認められている。2014年4月、新たにひまわりレシチンが認可された。なお、他の植物のレシチンは使用できない。

基礎研究では、レシチン投与によるアルコール性肝障害に伴う肝臓の繊維化と肝硬変の予防、肝障害(肝毒性のある物質や肝炎ウイルスによる)の改善、イギリスの臨床試験C型肝炎患者の有意な症状改善と組織学的改善が報告されている[1]。