ピンサー型配位子

東京大学(東大)と九州大学(九大)は4月4日、窒素をアンモニアへと変換する窒素固定反応に適した配位子を持つモリブデン窒素錯体を分子設計し、合成に成功したと発表した。同錯体は、常温・常圧での触媒的アンモニア合成において、世界最高の触媒活性を示したという。

窒素ガスは非常に反応性が乏しく、直接窒素源として利用することができない。したがって、窒素ガスを利用が容易であるアンモニアへと変換する反応は非常に重要となる。 現在、アンモニアは大量のエネルギーを必要とするハーバー・ボッシュ法により工業的に合成されている。

一方で、自然界ではニトロゲナーゼと呼ばれる酵素が常温・常圧という温和な条件で窒素ガスをアンモニアへと変換していることが知られている。ニトロゲナーゼの活性中心は鉄およびモリブデンを含むことが明らかになっており、これをモデルとした窒素錯体を用い、温和な条件での窒素ガスの変換反応が研究されてきた。

同研究グループはこれまでに、PNP(リン-窒素-リン)型ピンサー配位子を持つモリブデン窒素錯体を触媒に用いて、常温・常圧で窒素ガスからアンモニアを合成する反応を開発していた。しかし、この反応では反応中に触媒が分解して反応が停止しやすいため、触媒活性が低いことが課題となっていた。

今回、同研究グループは、従来の触媒で用いていたPNP型ピンサー配位子よりも金属原子と強く結合し、かつ触媒反応条件下で触媒が分解しにくくなることを期待して、PCP(リン-炭素-リン)型ピンサー配位子を新しく設計し、これを持つモリブデン窒素錯体の合成に成功した。

これを触媒として用いて、常圧の窒素ガスを還元剤およびプロトン源と室温で反応させることで、触媒的にアンモニアが生成することが確認されている。同触媒は20時間の反応終了後にも触媒活性を示したという。

さらに、アンモニア合成速度も大幅に向上。同触媒1分子は窒素ガスから最高で230分子のアンモニアを合成することができる。従来のPNP型ピンサー配位子を持つモリブデン窒素錯体で生成されるアンモニアは23分子だったことから、触媒活性が10倍に向上したといえる。

同研究グループは今回の成果について、現行のハーバー・ボッシュ法を将来代替する触媒開発に向けて、重要な指針となることが期待されると説明している。

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)触媒化学融合研究センター【研究センター長 佐藤 一彦】官能基変換チーム 富永 健一 研究チーム長らは、逆水性ガスシフト反応(二酸化炭素を水素化し化学原料として有用な一酸化炭素に変換する反応)の触媒活性を持つニッケル錯体触媒を開発した。
 従来、この反応の触媒にはルテニウムなどの貴金属が必須だったが、分子内に3つの結合箇所を持つピンサー型配位子を用いて、非貴金属であるニッケルでも反応を進行させることに成功した。一酸化炭素二酸化炭素に比べて反応性が高く、多種多様な化学品の原料として用いられているが、高い毒性を持っている。既に、産総研では、ルテニウム錯体を用いて二酸化炭素一酸化炭素に変換し、その場で次の反応に用いることで、従来一酸化炭素を用いて合成していたプロセスを二酸化炭素で代替する技術を開発しているが、触媒コストの高さが普及を阻んでいた。今回開発した触媒により、プロセスを低コスト化できるため、機能性アルコールなどの各種機能性化学品の合成プロセスへの応用と普及が期待される。

 現代社会は高度な機能を持つ化学品群によって支えられているが、近年の化学産業では、グリーン・サステナブル・ケミストリー(Green & Sustainable Chemistry, GSC)の理念に基づき、環境との共生を意識したものづくりが進展している。その一方で、反応性やコスト面での問題により、代替が進まないケースも少なくない。

 一酸化炭素はその一例で、毒性ガスであるにもかかわらず、反応性が高く安価なため各種化学品の原料として用いられている。しかし、その毒性のため、自社で一酸化炭素利用プロセスを保有できる企業は限られている。

 産総研は、GSCの推進に貢献する技術開発とその体系化に取り組んでいる。二酸化炭素利用反応の開発はその一分野である。金属錯体を触媒として二酸化炭素を水素化すると、ギ酸やその誘導体が生成することはよく知られているが、ギ酸の代わりに一酸化炭素を合成する反応は、反応機構の観点から難しいとされてきた。それに対し、産総研では、ルテニウム錯体が二酸化炭素と水素から一酸化炭素を生成する反応(逆水性ガスシフト反応)の触媒となることを発見し、その応用として各種の一酸化炭素利用反応を二酸化炭素で代替する反応の開発にも取り組んできた。その一連の技術は産総研オリジナルの技術であり、国内外から注目されている。

 従来、ニッケル錯体を用いた二酸化炭素の水素化で得られる生成物はギ酸とその誘導体に限られていた。固体触媒では、非貴金属である銅や鉄などが逆水性ガスシフト反応の触媒となるが、200~300 ℃程度の高温が必要である。一方、錯体触媒で逆水性ガスシフト反応に触媒活性を持つものは、ルテニウムなどの貴金属の錯体に限られていた。
 今回の技術は、図1に示すような分子内に二つのリン原子と一つの窒素原子を持つピンサー型配位子を用いたニッケル錯体を触媒として逆水性ガスシフト反応を行うものである。一般的に錯体触媒は固体触媒よりも温和な条件で触媒作用を示すが、図1のニッケル錯体触媒も140~160 ℃程度の反応温度で逆水性ガスシフト反応を進行させることができる。
 耐圧容器中でエチレングリコールに図1のニッケル錯体を溶解させ、二酸化炭素(2 MPa)と水素(6 MPa)を圧入し、160 ℃で5時間反応を行なったところ、ニッケル錯体一分子に対して22.1倍量の一酸化炭素が反応ガス中に生成していた。反応溶液中にはギ酸化合物の生成が認められないことから、ニッケル錯体触媒により二酸化炭素が直接一酸化炭素に変換されたと考えられる。

 ニッケル錯体の配位子の構造は、触媒活性の重要なファクターで、配位子中の窒素の部分を炭素に置き換えると一酸化炭素は全く生成せず、二酸化炭素のみが回収される。また、配位子中のフェニル基をブチル基に置き換えても、一酸化炭素は全く生成しない。
 今回開発した技術により、貴金属を用いずに温和な条件で二酸化炭素一酸化炭素に変換できるようになった。ニッケルはルテニウムに比べてグラム単価が100分の1以下であるため、二酸化炭素から一酸化炭素への変換コストを大幅に低減できると期待される。

 今後、今回開発した触媒の反応機構を詳細に検討し、配位子のチューニングによるさらなる触媒性能の向上を図るとともに、新たな触媒機能の発現を目指す(図2)。特に、現行の石油化学プロセスの中でも基幹プロセスの一つとなっているヒドロホルミル化反応への応用を目指した研究開発に着手する予定である。本反応を応用し、二酸化炭素一酸化炭素と同等に利用することは、循環型資源の高度な利用法の一つとして期待される。

一酸化炭素
化学式では「CO」と表される。化学的な反応性が高く、ガソリン成分となる炭化水素メタノールをはじめとするアルコール類、カルボン酸やエステル化合物などの原料として、現在でも大量に利用されている。その一方で、人体に対する毒性も高いため、大気汚染物質の一つとして環境基準が定められている。[参照元へ戻る]
◆錯体触媒
「触媒」とは「化学反応を促進させるが、自らは変化しない物質」と定義される。また、「錯体」とは「金属原子あるいは金属イオンと他の原子、イオン、あるいは小分子との複合体」のことをいう。触媒には固体状で用いられるものと、溶液に溶解させて用いるものとがあるが、錯体触媒は後者の型の触媒であり、精密な制御を必要とする機能性化学品の合成に用いられることが多い。[参照元へ戻る]
◆ピンサー型配位子
錯体の金属原子あるいは金属イオンを取り巻く他の原子、イオン、あるいは小分子のことを「配位子」という。ピンサーには「やっとこ」あるいは「カニやエビのはさみ」の意味があり、中心金属を挟み込むように配位する配位子のことをピンサー型配位子と呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆グリーン・サステナブル・ケミストリー
「持続可能社会を目指す環境共生化学」、より詳しくは「エネルギー・資源制約を克服して環境との共生を図り、安全・安心で持続可能な社会の構築を目指す化学」と定義づけられる。20 世紀末ごろから米国、欧州、日本の三極で「地球に優しい化学」を進める動きが活発化した結果、日本で生まれた理念である。[参照元へ戻る]
◆ヒドロホルミル化反応
二重結合を持つ炭化水素一酸化炭素、水素からアルデヒドやアルコールを合成する反応で、世界で年間1000万トン以上もの化学品合成に使用されている基幹プロセスの一つ。[参照元へ戻る]

水素化(すいそか、英: hydrogenation)とは、水素ガスを還元剤として化合物に対して水素原子を付加する還元反応のことである。水素添加反応(すいそてんかはんのう)、略して水添(すいてん)と呼ばれることもある。この反応は触媒を必要とするため、接触水素化(せっしょくすいそか、catalytic hydrogenation)とも呼ばれる。文脈によっては水素化反応を使用した実験手法・技術のことを指す場合もある。

より広義には還元剤が何であるかを問わず、化合物に水素原子を付加する還元反応全般のことを指す場合もある。

熱媒体(ねつばいたい、heating medium)とは装置を加熱あるいは冷却して目的の温度に制御する為に、外部熱源と装置との間での熱を移動させる為に使用される流体の総称である。熱媒と呼ばれることもある。

熱媒体には種々の物質が利用されるが、

使用できる圧力が適当である
単位体積あたりの熱容量あるいは潜熱が大きく、伝熱係数が大きい
装置を腐食しない
不燃性・安価・無毒など環境あるいは経済性の面で負担が少ない
などの特徴から利用目的に合わせて選択される。

加熱媒体を容器に入れ、加熱対象物かその容器を熱媒体に浸ける形式の熱装置は熱媒体種別により「~浴」という呼称が与えられているが、加熱媒体を管路で加熱装置内に引き込んで加熱する装置は、熱媒体を区分することなくボイラーや熱交換器、加熱装置、冷却装置と総称される。