幅の無い線を見る

回転しているブラックホール(カー解)の周辺には事象の地平線の外側にエルゴ領域が生じる。エルゴ領域では慣性系の引きずり効果が生じ、粒子や光は一点にとどまることができない。しかし、事象の地平線とは異なり外部への脱出は可能である。

事象の地平面(じしょうのちへいめん、event horizon)は、物理学・相対性理論の概念で、情報伝達の境界面である。シュバルツシルト面や事象の地平線(じしょうのちへいせん)ということもある。

情報は光や電磁波などにより伝達され、その最大速度は光速であるが、光などでも到達できなくなる領域(距離)が存在し、ここより先の情報を我々は知ることができない。この境界を指し「事象の地平面」と呼ぶ。

重力が大きく、光でさえも脱出不可能な天体をブラックホールという。光でさえも抜け出せないが故に、ブラックホールを肉眼で観測する事は出来ない。従って、ブラックホールの存在は、ブラックホールに落ち込む物質が放つ放射や、ブラックホール近傍の天体の運動など、間接的な観測事実に頼ることになる。ブラックホールは、一般相対性理論が予言する産物であるが、現在では複数の候補天体があるとともに、銀河系の中心には大質量ブラックホールが存在すると考えられている。

一般相対性理論において、ブラックホールを厳密に定義すると、「情報の伝達が一方的な事象の地平面が存在し、漸近的に平坦ではない方の時空の領域」ということになる。このように数学的には厳密に定義されても、例えば数値シミュレーションで、事象の地平面を特定するのは難しい。未来永劫にわたって、その領域が外側と因果関係を持たないことを示さなければならないからである。そこで、「見かけの地平面(apparent horizon)」という概念がよく利用される。

簡単にブラックホールの大きさを評価する方法として、シュヴァルツシルトの解が表すシュヴァルツシルト半径がある。球対称・真空でのブラックホール解を表すシュヴァルツシルトの解では、事象の地平面がシュヴァルツシルト半径と一致する。そのため事象の地平面をシュヴァルツシルト面と言うことがある。地球のシュヴァルツシルト半径は約9mmである。また、我々の銀河(天の川銀河)のそれは太陽系の大きさのおよそ30個分である。天の川銀河に存在する全ての星をその程度の大きさの領域に集めた場合には、領域内からは大変強い光が放射される事になるが、領域の大きさがシュヴァルツシルト半径付近になると放射される光の赤方偏移が顕著になり、シュヴァルツシルト半径よりも小さくなると領域内からは光が全く放射されなくなる。この最後の状態がブラックホールである。

天体の持つ質量により、その天体の中心から事象の地平面が形成されるまでの距離は異なる。普通の天体の半径はシュヴァルツシルト半径よりも大きくその天体の情報を得ることが可能である。しかし重力崩壊で収縮すると、その天体の全質量が事象の地平面より小さい領域に押し込まれ、もはや情報を得ることが不可能となる。

宇宙の地平面とは観測可能なもっとも遠い宇宙の空間あるいは宇宙の時空であり、観測上の「宇宙の果て」である。一般的に宇宙は膨張していると考えられており、距離が離れているほど地球からの後退速度(宇宙論的固有距離の変化量を宇宙時間で微分した値)が速く、ある距離(ハッブル距離)以上は光速以上の速さで離れる。[1]地球に向かう光が常に光速以上で遠ざかる空間にとどまるという条件下では、その光は地球には永遠に届かない。このとき光が届く限界の時空面を宇宙の事象的地平面という。事象的地平面は我々が観測できる個々の天体がどの時代の姿まで観測できるかを示している。

現在観測される天体のなかには、光速を超えて地球から遠ざかっているものも存在する。このような天体が観測できるのは、天体から放たれた光が光速以上で遠ざかる空間から抜け出て次第に地球からの後退速度が緩やかな空間に入るからであり、「地球から光速で遠ざかる空間=宇宙の地平面」ではない。赤方偏移Zの値が1.7程度の天体は、今地球で観測される光を放ったときちょうど光速で遠ざかっていたので、これよりも赤方偏移の大きな天体は超光速で地球から遠ざかっていたことになる。そのような天体はすでに1000個程度観測されている。

また、現在地球から観測できる最も古い光が放たれた場所の、現在の位置を光子の粒子的地平面という。現在の光子の粒子的地平面は地球を中心とする半径465億光年の球の表面となり、この球面の半径は光速の約3.5倍の速さで大きくなり、我々が今観測している光を放ったとき(宇宙の晴れ上がり)には光速の約60倍もの速度で遠ざかっていた。光子以外の粒子による粒子的地平面は光子のそれよりも遠く伸びる場合がある。たとえばニュートリノによる粒子的地平面は光子の粒子的地平面よりも大きいと考えられる。なぜなら光は直進できるようになるまで「宇宙の晴れ上がり」を待たねばならなかったが、ニュートリノはそれ以前に直進していると考えられるからだ。

また、私たちの属する宇宙は光子を含む電磁波の観測によって関与できる空間の限界を示す光子の粒子的地平面を超えて、はるかに広大に広がっていると考えられている。

等価原理により、加速運動する系から見ると重力が発生し、事象の地平線が生じる。1G (9.8 m/s2) で加速する系から見れば、後方約1光年に平面状の地平面が発生する。

しかしこの地平面は加速運動による一時的なものであり、加速が止まれば消滅する。

宇宙の膨張は空間そのものの膨張であるため、光速を超えても相対性理論に反しない。空間の膨張は一般相対性理論の範疇であり、物体の運動が光速以上にならないのは特殊相対性理論の範疇における運動においてである。

宇宙検閲官仮説(うちゅうけんえつかんかせつ)または、宇宙検閲仮説(うちゅうけんえつかせつ、cosmic censorship hypothesis)とは、一般相対性理論研究に登場する概念で、時空に裸の特異点が自然に発生することはないだろう、というロジャー・ペンローズが提唱した予想である。

アインシュタイン方程式の解には、特異点定理により一般に特異点が生じることが知られているが、それらの特異点の多くは事象の地平面の内側にあるので、外側の世界とは隔離され、物理法則を考える上では問題がない。しかし、電荷を持つブラックホール解や、ワイル解やトミマツ・サトウ解などで事象の地平面で囲まれない特異点が存在することが知られており、「裸の特異点」と呼ばれている。

裸の特異点が自然界に存在すると、その特異点より過去の事象は物理法則で予測不可能になってしまう。そこで、裸の特異点はあたかも何者かが検閲して禁ずるがごとく、何らかの物理法則で禁止されるであろう、という仮説が立てられるに至った。

1969年にロジャー・ペンローズが提唱した時点では、明確なステートメントとして与えたものではなかった。むしろ、明確なステートメントは何かを探すのが研究目的だったともいえる。

弱い宇宙検閲官仮説 (weak cosmic censorship hypothesis)
「宇宙にはビッグバンの初期特異点以外の裸の特異点は存在しない」とする仮説。
強い宇宙検閲官仮説 (strong cosmic censorship hypothesis)
「時空に存在・形成するいかなる特異点も事象の地平面に隠される」とする仮説。
宇宙検閲官仮説を認めるならば、ブラックホール唯一性定理 と ブラックホール脱毛定理 により、自然界に存在する定常ブラックホールは、カー・ニューマン解に限られる。

2016年、コンピュータシミュレーションにより5次元の場合では漸近的に平坦な時空でも環状ブラックホールに摂動を加えると裸の特異点が生じることが示された[1][2]。これは、高次元の宇宙では弱い宇宙検閲官仮説が破れていることを意味している。

ブラックホール唯一性定理 (ブラックホールゆいいつせいていり、black hole uniqueness theorem) は、一般相対性理論アインシュタイン方程式が解として与えるブラックホール計量に対する定理である。軸対称定常解はカー解(カー・ブラックホール)になることを示す。

宇宙検閲仮説と共に考えれば、自然界に存在する定常ブラックホールは、カー解であることを示す。また、ブラックホール脱毛定理と共に考えれば、自然界で形成されるブラックホールがカー計量に落ち着いていくことが結論される。

静的時空におけるブラックホール唯一性定理 (Israel, 1967)
アインシュタイン方程式の真空で静的な解のうち、次の3つの条件を満たすものは、球対称であり、シュヴァルツシルト解に一致する。
漸近的に平坦。
事象の地平線を持つ。
事象の地平線上か外側に時空特異点を持たない。
なお、この条件のもとで、さらに電磁場まで含むものとすれば、解はライスナー・ノルドシュトロム解になることが示される。
参考までに、バーコフの定理 として知られる定理を次に併記しておく。

バーコフの定理 (Birkoff, 1923)
球対称の真空解は、(静的という仮定をしなくても)シュヴァルツシルド解に一致する。

いくつかのヴァージョンがあるが、次のものを記載する。

定常的時空におけるブラックホール唯一性定理 (Cartar, 1971)
アインシュタイン方程式の真空・軸対称で定常な解のうち、次の条件を満たすものは、カー解に一致する。
漸近的に平坦。
同相、事象の地平線の外側は
S
2
×
R
2
{displaystyle S^{2} imes R^{2}}と同相。
事象の地平線上か外側に時空特異点を持たない。
なお、この条件のもとで、さらに電磁場まで含むものとすれば、解はカー・ニューマン解になることが示される。

カー・ニューマン解(カー・ニューマンかい、Kerr‐Newman metric、Kerr‐Newman solution)あるいはカー・ニューマン・ブラックホール解とは、一般相対性理論アインシュタイン方程式の厳密解の一つで、回転する電荷を帯びたブラックホールを表現する軸対称時空の計量 (metric)である。このため、カー・ニューマン計量とも呼ばれる。ニュージーランドの数学者ロイ・カー (Roy Kerr)によるカー解の発見の2年後の1965年に、アメリカのニューマン (Ezra T. Newman) らによって発見された。質量・角運動量電荷の三つのパラメータを持つブラックホール解として、一般相対性理論の描く時空の姿の理解に広く使われている。

カー・ニューマン計量は、次のように書ける。

d
s
2
=

Δ
ρ
2
(
d
t

a
sin
2

θ
d
ϕ
)
2
+
sin
2

θ
ρ
2
[
(
r
2
+
a
2
)
d
ϕ

a
d
t
]
2
+
ρ
2
Δ
d
r
2
+
ρ
2
d
θ
2
ds^{{2}}=-{rac {Delta }{ ho ^{{2}}}}left(dt-asin ^{{2}} heta dphi ight)^{{2}}+{rac {sin ^{{2}} heta }{ ho ^{{2}}}}left[left(r^{{2}}+a^{{2}} ight)dphi -{a}dt ight]^{{2}}+{rac { ho ^{{2}}}{Delta }}dr^{{2}}+ ho ^{{2}}d heta ^{{2}}

ここで、

Δ

r
2

2
M
r
+
a
2
+
Q
2
Delta equiv r^{{2}}-2Mr+a^{{2}}+Q^{{2}}

ρ
2

r
2
+
a
2
cos
2

θ
ho ^{{2}}equiv r^{{2}}+a^{{2}}cos ^{{2}} heta

a

J
M
aequiv {rac {J}{M}}

であり、

M
M, は、ブラックホールの質量
J
J, は、ブラックホール角運動量
Q
Q, は、ブラックホール電荷
である。ここでは、光速と万有引力定数を1とする幾何学単位系(
c
=
G
=
1
c=G=1,)を用いている。

電荷がゼロ (
Q
=
0
Q=0,) の場合、この解はカー解を再現する。角運動量がゼロ (
J
=
0
J=0,) の場合、この解はライスナー・ノルドシュトロム解 (Reissner-Nordstrom解) を再現する。そして、電荷角運動量もゼロの場合、シュヴァルツシルト解 (Schwarzschild解) を再現する。カー解と同様に、この計量がブラックホールとして理解されるのは、パラメータが
a
2
+
Q
2

M
2
a^{2}+Q^{2}leq M^{2}, のときである。その他、計量としての特徴は、カー解の項を参照されたい。

ブラックホール脱毛定理 (no-hair theorem) において、すべての現実的なブラックホールは、いずれ、角運動量・質量・電荷の3つの物理量のみを持つカー・ニューマンブラックホールに落ち着くと考えられている。また、「アインシュタインマクスウェル方程式での軸対称定常解は、カー・ニューマン解に限られる」というブラックホール唯一性定理 (uniqueness theorem) も存在する。

ブラックホール脱毛定理(ブラックホールだつもうていり)は、通常ブラックホール無毛定理(ブラックホールむもうていり、No-hair theorem )という和名のほうが知られている。宇宙物理学・一般相対性理論における概念の一つ。「重力と電磁気力のみを考慮した、アインシュタイン・マクスウェル系でのブラックホール解における観測可能な量は、質量、電荷角運動量の3つの物理量だけである」というもの。その他のあらゆる情報は、ブラックホールの事象の地平面に落ち込むと消失し、外部から観測されない。ジョン・アーチボルト・ホイーラーが、1971年の解説記事の中で、「ブラックホールは毛がない (black hole has no hair) ので、互いに異なるブラックホールを区別できない」と述べたことが言葉の由来である。

ブラックホール無毛定理が仮定しているのは、アインシュタインマクスウェル方程式であるので、その他の場(スカラー場や非可換場、宇宙項その他の組み合わせ)を仮定すれば、他の「毛」が生えることになる。1990年代は、「色ものブラックホール」(colored black hole)という名前で、この種の「毛」が精力的に研究された。

ブラックホール無毛定理は、「アインシュタインマクスウェル方程式での軸対称定常解は、カー・ニューマン解に限られる」というブラックホール唯一性定理 (uniqueness theorem) とも同義である。

パナソニー。