行動経済学

行動経済学(こうどうけいざいがく、英: behavioral economics)、行動ファイナンス(英: behavioral finance)とは、典型的な経済学のように経済人を前提とするのではなく、実際の人間による実験やその観察を重視し、人間がどのように選択・行動し、その結果どうなるかを究明することを目的とした経済学の一分野である。

行動経済学は、心理学と深い関係にある。元々、心理学と経済学は一体のものであり、18世紀頃には経済学者は心理学者も兼ねていたとみることができる。例えば、アダム・スミスは『道徳感情論』(1759年)や『国富論』(1776年)で、合理性と心理面との関係について述べている。20世紀に入っても、ジョン・メイナード・ケインズなどが心理と経済との関係について述べている[1][2][3]。

その後、20世紀にかけて経済学は経済人を前提としたものが主流となっていったが、その中で、モーリス・アレやダニエル・エルズバーグは、簡単な実験を行い期待効用理論への反例を示した。そうした批判を受け、期待効用理論の代替となる意思決定理論の模索が始まった。やがて、認知心理学の発展もあり、経済学に心理学の知見を取り入れた行動経済学という分野が確立され、研究されるようになった[3][1]。これが行動経済学の黎明期である。

2002年、心理学者のダニエル・カーネマンがノーベル経済学賞を受賞したことで、行動経済学への注目が急速に高まった。カーネマンは故・エイモス・トベルスキーと共に考案したプロスペクト理論が評価された。このとき同時に受賞したバーノン・スミスは、口頭ダブルオークションに始まる実験経済学の手法を確立したことが主に評価された。

近年では[いつ?]、心理学や経済学の各関連分野と互いに影響し、派生分野も発展しつつある。ファイナンス理論へ応用する行動ファイナンス[4]や、ゲーム理論との融合を目指す行動ゲーム理論などである。また、神経科学的なアプローチから理論の裏付けを試みる神経経済学も盛んに研究が行われている。

日本においては、2007年に行動経済学会が設立された。年に1回の研究報告大会の開催、学会誌の発刊等の活動を行なっている。

行動経済学以前の経済学理論の発展は、まず単純な仮定をおき、そこから演繹的に推論を積み重ねていくアプローチが典型的であった。そうしたアプローチにおいて、経済主体にかんする代表的な仮定を通して描かれる人間像を合理的経済人などと呼ぶ。したがって、経済学において「合理的」とは、単に利己的であることを指すものではなく、そういった人間の合理性にかんする仮定を満たすことを意味する。

行動経済学では、経験論的な手法でこうした仮定を検証し、必ずしも経済学的な意味で合理的でなくても、より現実に近い人間のモデルを採用する(また、そうして作られたモデルを実際の分析に適用することも、行動経済学の範囲に含まれる。)。例えば経験的に、人は年収が300万から500万に昇給すると喜びを感じるが、同じ500万でも、700万から500万に減給されると悲しくなるだろう。ある合理性の仮定の下では、同じ金額からは同じ効用が導かれてしまい、こうした心理は表現されない。そこで行動経済学プロスペクト理論では、こうした心理を取り入れ、人が財の変化量に注目するようモデル化されている。

従来の経済学の理論は、その合理性を重視し、いかに行動すべきかを示すことを目的とする色が濃い。こうした理論を「規範的理論」と呼ぶ。一方、行動経済学の理論は、実験と観察的事実を重視し、それらについて説明することを主たる目的とする。このような理論を、「記述的理論」と呼ぶ。したがって、両者は理論の目的そのものが異なっており、必ずしも競合するものではないといえる。

プロスペクト理論では、二種類の認知バイアスを取り入れている。 一つは、「確率に対する人の反応が線形でない」というものである。これは、期待効用理論のアノマリーで「アレのパラドクス」としてよく知られている。もう一つは、「人は富そのものでなく、富の変化量から効用を得る」というものである。これと同様のことを、ハリー・マーコウィッツは1952年に指摘している。

アレの発言で最も有名なのは、1953年にニューヨークで行われた会議における「アレのパラドクス」である。これは、ジョン・フォン・ノイマンが発展させた「望ましい効用」という常識を基礎にしている。
この会議のとき、アレは、連続する2回のくじに関する質問を、たくさんの参加者に問いかけた。
1回めのくじ
オプションA:確実に1,000ドルがもらえる。
オプションB:10%の確率で2,500ドルがもらえて、89%で1,000ドル、そして1%は賞金なし。
2回目のくじ
オプションA:11%の確率で1,000ドルがもらえて、89%は賞金なし。
オプションB:10%で2,500ドルもらえて、90%は賞金なし。
ほとんどの場合、参加者は1回目のくじではAを選択し、2回目のくじではBを選択する。1回目のくじにおいては、個人は期待利得の低い方を選択し、2回目のくじにおいては、期待利得が大きい方を選択したのだ。この実験は何度も繰り返されたが、全て同じ結果になった。
このパラドクスは、新しい学問である行動経済学において、プロスペクト理論などで理論的な説明がなされている。

「価値の大きさは金額に比例しない。金額が2倍になると、価値は2倍にはならず、2倍弱(1.6倍ぐらい)になる」

裁定の限界(さいていのげんかい、英: limits to arbitrage)とは、合理的な投資家が何らかの制約やコストにより裁定取引を満足に行えないために、非合理な投資家の売買行動によって生じた金融資産のミスプライシングが継続するという行動ファイナンスの理論である。アンドレ・シュライファーとロバート・ヴィシュニー(英語版)により確立された[1]。裁定の限界の概念が導入されたことにより、「なぜ合理的な投資家が儲けられる機会(裁定機会)を放置するのか?」という問題に一つの解答が得られたことで、行動ファイナンスの大きなブレイクスルーとなった。現在では心理学的バイアスを用いた手法と共に行動ファイナンスにおいて用いられるメジャーな手法の一つとなっている[2]。

裁定の限界を実証するためにはまずミスプライシングが継続していることを確認しなければならない。しかしミスプライシングが起きたということを判別すること自体が結合仮説問題[7]により難しい[8]。ただ直接的には裁定の限界を実証できなくても、その傍証となる事例はいくつか存在する。それらの事例をここで例示する。

ロシア金融危機ロングターム・キャピタル・マネジメント 編集
シュライファーは自著の中でロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)がロシア金融危機で多額の損失を出した事件は理論モデルの予想した結論と整合的であると述べている[9]。

LTCMヘッジファンドであり、レバレッジを効かせて途上国のハイイールド国債に対する裁定取引で利益を上げていた。しかし、1998年に起きたロシア金融危機により損失が拡大したことから、融資者より担保保全やマージンコールを迫られ、破たん直前の状況に陥った。LTCMの取引規模があまりに巨額であったため、ハードランディングをしてしまえば著しい景気悪化を招きかねないと危惧したFRBの主導の下、LTCMの主要な融資者からLTCMに救済融資が行われ、緩やかにLTCMを清算していく方法が取られた。結果としてLTCMは2000年までに救済融資を全額返済し、解散することになった。

この事件はシュライファーとヴィシュニーの論文で予期された潜在的に正のリターンが得られるような裁定ポジションであったとしても、金融危機においては清算されるという結果と整合的であるとシュライファーは結論付けている。

ロイヤル・ダッチとシェルの株価 編集
1907年に石油メジャーのオランダのロイヤル・ダッチとイギリスのシェルは利益をロイヤル・ダッチに60%、シェルに40%を分配するという形で提携を行った。その後、2005年に合併してロイヤル・ダッチ・シェルとなるまでオランダ市場ではロイヤル・ダッチが上場し、イギリス市場ではシェルが上場していた(いわゆる二元上場会社)。利益を6:4で分け合う形になるので裁定取引が機能していればロイヤル・ダッチとシェルの株価もまた6:4となるはずである。つまりロイヤル・ダッチの株価は理論的にはシェルの1.5倍でなくてはならない。しかし、実際にはそうならずロイヤル・ダッチの株価はシェルの株価の1.5倍を逸脱した状況が継続していた[10]。

このミスプライシングもまた裁定の限界の具体例の一つと言える。標準的な理論に基けば、ロイヤル・ダッチとシェルでマーケットニュートラル戦略を取れば、ミスプライシングにより利益が得られるはずであり、そのようなマーケットニュートラル戦略が多数の投資家によって行われることで裁定取引の効果により価格は6:4の比率に収斂するはずである。しかし、ここでもノイズトレーダーリスクが働き、このようなマーケットニュートラル戦略はミスプライシング拡大によって短期的に大きな損失を出すリスクがあり、その結果として裁定取引による価格調節機能は限定的になりロイヤル・ダッチとシェルの株価は適正水準から逸脱した状況が継続していた可能性があることが示唆されている[11]。

金融経済学における効率的市場仮説 (こうりつてきしじょうかせつ、英: efficient-market hypothesis, EMH) とは、市場は常に完全に情報的に効率的であるとする仮説[1]。ここで言う情報的に効率的であるとは、金融市場における金融商品の価格がその商品の価値を決定づける情報を反映しているという意味である。効率的市場仮説に従えば、株式取引は株式を常に公正な価格で取り引きしていて、投資家が株式を安く買うことも高く売ることもできないということになる。すると、銘柄の選定や市場のタイミングから市場の平均以上の実績を得るのは不可能である[2]。

市場を効率的とみなすための主な仮説には以下のようなものがある。

常に多数の投資家が収益の安全性を分析・評価している。
新しいニュースは常に他のニュースと独立してランダムに市場に届く。
株価は新しいニュースによって即座に調整される。
株価は常に全ての情報を反映している。
金融理論は主観的なものである。言い換えると、金融には証明された法則はなく、あるのは市場の営みを説明しようとするアイデアだけである[2]。

効率的市場仮説には「ウィーク」・「セミストロング」・「ストロング」という3つのバージョンがある。ウィーク型の仮説は、株式や債券、不動産のような取引資産の価格は過去に公開された情報を全て反映したものであると主張する。セミストロング型仮説は、過去に公開された情報の反映に加えて、新たに公開される情報が瞬時に価格に反映されると主張する。ストロング型の仮説には、隠されたインサイダー情報さえも瞬時に価格に反映されるという主張が更に加わる。効率的市場仮説に批判的な論者は、市場の合理性への過信は2000年代後半の恐慌を引き起こしたと避難する[3][4][5]。対して擁護論者は、市場効率性は未来に不確定性を否定するものではなく、常に真となるわけではない世界の単純化であって、ほとんどの各個人の投資目的に対して実質上効率的なのだと言明する[6]。

なぜ漢方医は健康長寿を実現しているのか?著者のもとに通う何人ものがんの患者は、なぜ“元気に”生活することができるのか?なぜ一流の経営者が数多く訪ねてくるのか?たとえば、「やめる」を習慣づけるだけでも、驚くほど寿命が延びるし、生きる力が体内にみなぎり、幸福な人生を送ることができるという。マニュアル化できない東洋医学暗黙知を、豊富な具体例で示す。

北里大学東洋医学総合研究所漢方診療部客員医師

桜井/竜生
日本東洋医学会漢方専門医。佐賀医科大学卒業。消化器一般外科を専攻後、米国Kentucky州University of Louisville付属病院をへて、聖マリアンナ医科大学総合診療内科、銀座診療所漢方科にて勤務(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)