一重項酸素
一重項酸素(いちじゅうこうさんそ)は酸素分子において分子軌道の1つπ*2p軌道上の電子が一重項状態で占有されている、すなわち全スピン量子数が0である励起状態のことである。1O2と表される。
酸素分子の励起一重項状態は2種類ある。2つ存在するπ*2p軌道をそれぞれ1個ずつの電子が占有しているΣ状態と、2つ存在するπ*2p軌道の一方のみを2個の電子が占有し、もう一方のπ*2p軌道は空軌道のΔ状態が存在する。Σ状態よりΔ状態の方がエネルギーが低いため、Σ状態は速やかにΔ状態に遷移する。このため一重項酸素といえば通常Δ状態のものを指す。
それに対して、基底状態の酸素分子は三重項酸素と呼ばれ、3O2で表される。これは2つ存在するπ*2p軌道を1個ずつの電子が占有しており、全スピン量子数が1の状態である。軌道に電子が単独で存在する状態はフリーラジカルであり、それゆえ三重項酸素は2個の不対電子を有するビラジカル(biradical)である。
一重項酸素を発生させるためには、基底状態との差にあたるエネルギーを吸収させなくてはならない。このエネルギーは熱的に供給するには大きすぎるため、光励起による方法に頼らざるを得ない。しかし、全スピン量子数が異なる状態間での直接の光による遷移は禁制でありほとんど起こらない。
通常の分子においては一重項励起状態-三重項励起状態間の熱的な遷移(項間交差)が起こるので、光により三重項励起状態を発生させれば一重項励起状態を作り出せるように思える。しかし、酸素においては一重項状態と三重項励起状態のエネルギー差が大きすぎるため、三重項励起状態を発生させても項間交差がほとんど起こらない。そのため、この方法では一重項酸素を発生させることはできない。
そこで、一重項酸素を発生させるには、ローズベンガルやメチレンブルーのような色素を使用する。これらの色素分子の三重項状態は、一重項酸素と三重項酸素とのエネルギー差とほぼ等しい励起エネルギーを持っている。そこでこれらの色素を光励起し、項間交差により三重項状態に移行させる。この三重項状態の色素が三重項酸素と衝突すると電子とエネルギーの交換が起こり、色素が基底状態に戻ると同時に、三重項酸素が一重項酸素に遷移する。このような励起方法は光増感法と呼ばれ、用いられる色素は光増感剤と呼ばれる。
一重項酸素は活性酸素の一種とされるが、軌道上の単独の不対電子を持たず、フリーラジカルではない。空になった電子軌道が電子を求めることにより強い酸化力を持つ。エネルギー準位の低い最低空軌道(LUMO)を持つことになるので、ジエンとディールス・アルダー反応を行い環状ペルオキシドを形成したり、二重結合とエン反応してヒドロペルオキシドを形成したりする。
生体内においても、紫外線を浴びたりすることにより体内の色素が増感剤の役目をして一重項酸素が発生することがある。一重項酸素は生体分子と反応して破壊してしまうので、生体はこれを除去する機構を備えている。生体内から一重項酸素を除去する物質にはβ-カロテン、ビタミンB2、ビタミンC、ビタミンE、尿酸などがある。
スピン角運動量(スピンかくうんどうりょう、英: spin angular momentum)は、量子力学上の概念で、粒子が持つ固有の角運動量である。単にスピンとも呼ばれる。粒子の角運動量には、スピン以外にも粒子の回転運動に由来する角運動量である軌道角運動量が存在し、スピンと軌道角運動量の和を全角運動量と呼ぶ。ここでいう「粒子」は電子やクォークなどの素粒子であっても、ハドロンや原子核や原子など複数の素粒子から構成される複合粒子であってもよい。
「スピン」という名称はこの概念が粒子の「自転」のようなものだと捉えられたという歴史的理由によるものであるが、現在ではこのような解釈は正しいとは考えられていない。なぜなら、スピンは古典極限 ħ→0において消滅する為、スピンの概念に対し、「自転」をはじめとした古典的な解釈を付け加えるのは全くの無意味だからである[1]:p196。
量子力学の他の物理量と同様、スピン角運動量は演算子を用いて定義される。この演算子(スピン角運動量演算子)は、スピンの回転軸の方向に対応して定義され、x 軸、y 軸、z 軸方向のスピン演算子をそれぞれ
S
^
x
,
S
^
y
,
S
^
z
{\displaystyle {\hat {S}}_{x},{\hat {S}}_{y},{\hat {S}}_{z}}と書き表す。これらの演算子の固有値(=これら演算子に対応するオブザーバブルを観測したときに得られる値)は整数もしくは半整数である値 s ≥ 0 を用いて、
−
ℏ
s
,
−
ℏ
(
s
−
1
)
,
…
,
ℏ
s
,
ℏ
(
s
+
1
)
{\displaystyle -\hbar s,-\hbar (s-1),\ldots ,\hbar s,\hbar (s+1)}
と書き表せる。値 s は、粒子のみに依存して決まり、スピン演算子の軸の方向には依存せずに決まる事が知られている。この s を粒子のスピン量子数という。
スピン量子数が半整数 1/2, 3/2, … になる粒子をフェルミオン、整数 0, 1, 2, … になる粒子をボゾンといい、両者の物理的性質は大きく異る(詳細はそれぞれの項目を参照)。2016年現在知られている範囲において、
フェルミオンである素粒子のスピン量子数は全て 1/2 である
ボゾンである素粒子はヒッグス粒子のみスピン量子数が 0 であり、それ以外のボゾン素粒子のスピン量子数は 1 である。
複合粒子のスピン量子数はそれ以外の値も取りうるが、単純に複合粒子を構成する素粒子のスピン量子数の合計値になるわけではない。例えばヘリウム原子のスピン量子数は 0 であるが、これを構成する素粒子である電子やクォークはいずれもフェルミオンであり、したがってそのスピン量子数は半整数である。
非相対論的な量子力学において、スピン角運動量はそれ以外のオブザーバブルとは大きく異る振る舞いをする為、スピン角運動量を記述するためだけに理論の修正を迫られる。それに対し相対論的量子力学では、例えばディラック方程式の定義それ自身にスピンの概念が織り込まれているなど、より自然な形でスピンが定式化される。
本稿では以下、特に断りがない限り非相対論な量子力学に対するスピンの概念について述べる。
本節ではまず回転群とユニタリ群について紹介し、次にこれらの概念を使って軌道角運動量の概念を回転対称性の観点から定式化する。本節で軌道角運動量の概念を復習するのは、次節以降、軌道角運動量の定義を参考にしながらスピン角運動量の概念を定式化する為である。
スピン角運動量演算子の定義に必要な数学的知識を簡単に述べる。Rを実数全体の集合、Cを複素数全体の集合とする。3次元空間R3における回転行列全体の集合を
S
O
(
3
)
=
{
R
∈
M
n
,
n
(
R
)
:
t
R
R
=
I
,
det
R
=
1
}
{\displaystyle \mathrm {SO} (3)=\{R\in M_{n,n}(\mathbf {R} )~:~{}^{t}RR=I,~\det R=1\}}
と表記する。ここで
M
n
,
n
(
R
)
{\displaystyle M_{n,n}(\mathbf {R} )} は n 行 n 列の実行列全体の集合であり、I は単位行列であり、tR は R の転置行列である。SO(3) は行列の積に関して群をなすので、SO(3) を3次元回転群という。
SO(3) のように、「滑らかな」構造を持った群をリー群という(厳密な定義はリー群の項目を参照)。特にSO(3) のように行列からなるリー群を行列リー群あるいは単に行列群という。本項で登場するリー群は以下の行列群に限られる。そこで本項ではリー群の一般論を展開するのは避け、以下の行列群に限定して話をすすめる。 以下でVは複素計量ベクトル空間であり、Iは単位行列であり、A*はAのエルミート共役である:
3次元回転群
S
O
(
3
)
=
{
R
∈
M
n
,
n
(
R
)
:
t
R
R
=
I
,
det
R
=
1
}
{\displaystyle \mathrm {SO} (3)=\{R\in M_{n,n}(\mathbf {R} )~:~{}^{t}RR=I,~\det R=1\}} …(G1)
ユニタリ群
U
(
V
)
=
{
U
:
V
{\displaystyle \mathrm {U} (V)=\{U~:~V}上の線形写像で、
U
U
∗
=
I
}
{\displaystyle UU^{*}=I\}} …(G2)
特殊ユニタリ群
S
U
(
V
)
=
{
U
:
V
{\displaystyle \mathrm {SU} (V)=\{U~:~V}上の線形写像で、
U
U
∗
=
I
,
d
e
t
U
=
1
}
{\displaystyle UU^{*}=I,~\mathrm {det} U=1\}} …(G3)
ベクトル空間VがCnである場合は、U(V)、SU(V)の事をそれぞれU(n)、SU(n)と表記する。
GをSO(3)、U(V)、SU(V)のいずれかとするとき、集合
g
=
{
d
R
(
t
)
d
t
|
t
=
0
:
R
(
t
)
{\displaystyle {\mathsf {g}}={\Bigg \{}{\operatorname {d} R(t) \over \operatorname {d} t}{\Bigg |}_{t=0}~:~R(t)}は G 上の可微分な曲線で、t=0 のとき単位行列となる
}
{\displaystyle {\Bigg \}}} …(G4)
をGのリー環と呼び、
g
{\displaystyle {\mathsf {g}}}の元をG上の無限小変換と呼ぶ。リー「環」という名称なのは、
g
{\displaystyle {\mathsf {g}}}が行列の交換子積
[
A
,
B
]
=
A
B
−
B
A
{\displaystyle [A,B]=AB-BA}
に関して環をなすからである。SO(3)、U(V)、SU(V)のリー環はそれぞれ、
s
o
(
3
)
=
{
F
∈
M
n
,
n
(
R
)
:
t
F
=
−
F
}
{\displaystyle {\mathsf {so}}(3)=\{F\in M_{n,n}(\mathbf {R} )~:~{}^{t}F=-F\}} …(G5)
u
(
V
)
=
{
A
:
A
{\displaystyle {\mathsf {u}}(V)=\{A~:~A}はV上の線形写像で、
A
∗
=
−
A
}
=
{
A
:
A
{\displaystyle A^{*}=-A\}=\{A~:~A}はV上の歪エルミート演算子
}
\} …(G6)
s
u
(
V
)
=
{
A
:
{\displaystyle {\mathsf {su}}(V)=\{A~:~}はV上の線形写像で、
A
∗
=
−
A
,
t
r
A
=
0
}
{\displaystyle A^{*}=-A,~\mathrm {tr} A=0\}} …(G7)
である。so(3)が上述した形になるのは以下の理由による。R(t)をSO(3) 上の可微分な曲線で、t=0 のとき単位行列となるものとすると、SO(3) の定義より、
t
R
(
t
)
R
(
t
)
=
I
{\displaystyle {}^{t}R(t)R(t)=I}
なので、その t = 0 での微分は
t
d
R
(
t
)
d
t
|
t
=
0
+
d
R
(
t
)
d
t
|
t
=
0
=
0
{\displaystyle \left.{{}^{t}\operatorname {d} R(t) \over \operatorname {d} t}\right|_{t=0}+\left.{\operatorname {d} R(t) \over \operatorname {d} t}\right|_{t=0}=0}
を満たす為である。u(V)、su(V)が上述の形になる事も同様の方法で証明できる。なお、ここではVが有限次元の場合を想定したが、無限次元のヒルベルト空間の場合も同様の事が成立する。
g
{\displaystyle {\mathsf {g}}}をso(3)、u(V)、su(V)のいずれかとし、行列
A
∈
g
{\displaystyle A\in {\mathsf {g}}}に対しexp(A) を
e
x
p
(
A
)
=
∑
n
=
0
∞
A
n
n
!
{\displaystyle \mathrm {exp} (A)=\sum _{n=0}^{\infty }{A^{n} \over n!}} …(G8)
と定義すると次が成立する:
A∈so(3)、u(V)、su(V)であれば、exp(A) はそれぞれSO(3)、U(V)、SU(V)の元である。 …(G9)
d
d
t
|
t
=
0
exp
(
t
A
)
=
A
{\displaystyle {\operatorname {d} \over \operatorname {d} t}{\Bigg |}_{t=0}\exp(tA)=A} …(G10)
SO(3) に関しては上述の性質を更に具体的に書き表す事ができる。3次元ベクトル x = (x, y, z) ∈ R3に対し、so(3)に属する行列Fxを
F
x
=
(
0 −z y z 0 −x −y x 0
)
∈
s
o
(
3
)
{\displaystyle F_{\boldsymbol {x}}={\begin{pmatrix}0&-z&y\\z&0&-x\\-y&x&0\end{pmatrix}}\in {\mathsf {so}}(3)} …(G11)
と定義すると[2]:p344[3]:p36次が成立する[3]:p36:
exp(Fx) は x を軸とする回転行列で、回転角は軸に対しては右回りに ||x|| ラジアンである。 …(G12)
[
F
x
,
F
y
]
=
F
x
×
y
{\displaystyle [F_{\mathbf {x} },F_{\mathbf {y} }]=F_{\mathbf {x} \times \mathbf {y} }} …(G13)
ここで「×」はクロス積である。G、HをSO(3)、U(V)、SU(V)のいずれかとし、
g
{\displaystyle {\mathsf {g}}}、
h
{\displaystyle {\mathsf {h}}}をG、Hのリー環とする。(すなわち
g
{\displaystyle {\mathsf {g}}}、
h
{\displaystyle {\mathsf {h}}}はso(3)、u(V)、su(V)のいずれかである)。
π
:
G
→
H
{\displaystyle \pi ~:~G\to H}
をGからHへの可微分な準同型写像とする。このときπが誘導する写像π*を
π
∗
:
d
R
(
t
)
d
t
|
t
=
0
∈
g
{\displaystyle \pi _{*}~:~{\operatorname {d} R(t) \over \operatorname {d} t}{\Bigg |}_{t=0}\in {\mathsf {g}}}
↦
d
π
(
R
(
t
)
)
d
t
|
t
=
0
∈
h
{\displaystyle \mapsto {\operatorname {d} \pi (R(t)) \over \operatorname {d} t}{\Bigg |}_{t=0}\in {\mathsf {h}}} …(G14)
により定義すると、この写像はwell-definedになる。しかもこの写像はリー環としての準同型写像になることが知られている。すなわち
π
∗
(
[
A
,
B
]
)
=
[
π
(
A
)
,
π
(
B
)
]
{\displaystyle \pi _{*}([A,B])=[\pi (A),\pi (B)]} …(G15)
である。
πが誘導する写像π*と行列の指数関数expは以下の関係を満たす:
任意の
A
∈
g
{\displaystyle A\in {\mathsf {g}}}に対し、
π
(
exp
(
A
)
)
=
exp
(
π
∗
(
A
)
)
{\displaystyle \pi (\exp(A))=\exp(\pi _{*}(A))} …(G16)
(非相対論的な)量子力学において、波動関数全体の集合はヒルベルト空間
H
\mathcal{H}として記述可能であり、(スピンを考慮しない)一粒子からなる系の場合、
H
\mathcal{H} は3次元ユークリッド空間 R3 上のL2 空間と等しい、すなわち
H
=
L
2
(
R
3
)
{\displaystyle {\cal {H}}=L^{2}(\mathbf {R} ^{3})}
である。
軌道角運動量演算子は、空間の回転に対する対称性として導出される[1]:p73。 そこで軌道角運動量演算子を導出するため、回転行列によって波動関数がどのように変化するかを調べる。3次元の回転行列全体のなすリー群を SO(3) と書くとき、回転行列 R ∈ SO(3) により座標系を回転したとき、波動関数 ϕ(x) は ϕ(R−1x) に移動する。すなわち、各回転行列 R ∈ SO(3) に対し、波動関数の空間
L
2
(
R
3
)
{\displaystyle L^{2}(\mathbf {R} ^{3})} 上にユニタリ演算子
λ
(
R
)
:
L
2
(
R
3
)
→
L
2
(
R
3
)
,
{\displaystyle \lambda (R)~:~L^{2}(\mathbf {R} ^{3})\to L^{2}(\mathbf {R} ^{3}),~~}
ϕ
(
x
)
↦
ϕ
(
R
−
1
x
)
{\displaystyle \phi ({\boldsymbol {x}})\mapsto \phi (R^{-1}{\boldsymbol {x}})}
が定義される[3]:p37[2]:p396 Def 17.1。
複素計量ベクトル空間V上のユニタリ演算子全体のなす群をU(V)とするとき、回転行列 R に対し複素ベ クトル空間
L
2
(
R
3
)
{\displaystyle L^{2}(\mathbf {R} ^{3})} 上のユニタリ演算子 λR を対応させる(連続準同型)写像
λ
:
R
∈
S
O
(
3
)
↦
λ
(
R
)
∈
U
(
L
2
(
R
3
)
)
{\displaystyle \lambda ~:~R\in \mathrm {SO} (3)\mapsto \lambda (R)\in \mathrm {U} (L^{2}(\mathbf {R} ^{3}))}
を SO(3) の
L
2
(
R
3
)
{\displaystyle L^{2}(\mathbf {R} ^{3})}上のユニタリ表現という。
一方、SO(3) に対応する「無限小変換」全体の集合 so(3) を(G1)のように定義し、(G14)に従ってλが誘導する写像λ*を
λ
∗
:
d
R
(
t
)
d
t
|
t
=
0
∈
s
o
(
3
)
{\displaystyle \lambda _{*}~:~{\operatorname {d} R(t) \over \operatorname {d} t}{\Bigg |}_{t=0}\in {\mathsf {so}}(3)}
↦
d
λ
(
R
(
t
)
)
d
t
|
t
=
0
∈
{
L
2
(
R
3
)
{\displaystyle \mapsto {\operatorname {d} \lambda (R(t)) \over \operatorname {d} t}{\Bigg |}_{t=0}\in \{L^{2}(\mathbf {R} ^{3})}上の歪エルミート演算子
}
\}
そこで単位ベクトル n = (x, y, z) ∈ R3に対し、Fnを(G11)のように定義し、虚数単位 i と換算プランク定数ħを用いて、
L
^
n
{\displaystyle {\hat {L}}_{\mathbf {n} }}
=
i
ℏ
λ
∗
(
F
n
)
{\displaystyle =i\hbar \lambda _{*}(F_{\mathbf {n} })} …(J1)
と定義すると、
L
^
n
{\displaystyle {\hat {L}}_{\mathbf {n} }}はL2(R3)上のエルミート演算子になる。この演算子は「無限小回転Fnに対応する演算子」[1]:p73であり、この演算子を軸 n = (x, y, z) ∈ R3の周りの軌道角運動量演算子と呼ぶ。
例えば z 軸の周りの軌道角運動量
L
^
z
{\displaystyle {\hat {L}}_{z}} が球面座標系 (r, θ, φ) を用いて
L
^
z
=
−
i
ℏ
∂
∂
φ
{\displaystyle {\hat {L}}_{z}=-i\hbar {\partial \over \partial \varphi }}
と表記できる事を以下のように確認できる。ψを任意の波動関数とすると、(G10)、(G12)より
L
^
z
ψ
(
r
,
θ
,
φ
)
{\displaystyle {\hat {L}}_{z}\psi (r,\theta ,\varphi )}
=
i
ℏ
λ
∗
(
F
(
1
,
0
,
0
)
)
ψ
(
r
,
θ
,
φ
)
{\displaystyle =i\hbar \lambda _{*}(F_{(1,0,0)})\psi (r,\theta ,\varphi )}
=
λ
∗
(
d
d
t
exp
(
t
F
(
1
,
0
,
0
)
)
|
t
=
0
)
ψ
(
r
,
θ
,
φ
)
{\displaystyle =\lambda _{*}\left({\operatorname {d} \over \operatorname {d} t}\exp(tF_{(1,0,0)}){\Bigg |}_{t=0}\right)\psi (r,\theta ,\varphi )}
=
i
ℏ
d
λ
(
exp
(
t
F
(
1
,
0
,
0
)
)
)
d
t
|
t
=
0
ψ
(
r
,
θ
,
ϕ
)
{\displaystyle =i\hbar {\operatorname {d} \lambda (\exp(tF_{(1,0,0)})) \over \operatorname {d} t}{\Bigg |}_{t=0}\psi (r,\theta ,\phi )}
=
i
ℏ
d
d
t
ψ
(
r
,
θ
,
φ
−
t
)
|
t
=
0
{\displaystyle =i\hbar {\operatorname {d} \over \operatorname {d} t}\psi (r,\theta ,\varphi -t){\Bigg |}_{t=0}}
=
−
i
ℏ
∂
∂
φ
ψ
(
r
,
θ
,
φ
)
{\displaystyle =-i\hbar {\partial \over \partial \varphi }\psi (r,\theta ,\varphi )}
さらに x 軸、y 軸の周りの軌道角運動量をそれぞれ
L
^
x
{\displaystyle {\hat {L}}_{x}}、
L
^
y
{\displaystyle {\hat {L}}_{y}}とし、Fx=F(1,0,0)、Fy=F(0,1,0)、Fz=F(0,0,1)とすると、(G15)、(G13)より交換関係
[
L
^
x
,
L
^
y
]
=
(
i
ℏ
)
2
λ
∗
(
[
F
x
,
F
y
]
)
=
(
i
ℏ
)
2
λ
∗
(
F
z
)
=
L
^
z
{\displaystyle [{\hat {L}}_{x},{\hat {L}}_{y}]=(i\hbar )^{2}\lambda _{*}([F_{x},F_{y}])=(i\hbar )^{2}\lambda _{*}(F_{z})={\hat {L}}_{z}}
[
L
^
y
,
L
^
z
]
=
(
i
ℏ
)
2
λ
∗
(
[
F
y
,
F
z
]
)
=
(
i
ℏ
)
2
λ
∗
(
F
x
)
=
L
^
x
{\displaystyle [{\hat {L}}_{y},{\hat {L}}_{z}]=(i\hbar )^{2}\lambda _{*}([F_{y},F_{z}])=(i\hbar )^{2}\lambda _{*}(F_{x})={\hat {L}}_{x}}
[
L
^
z
,
L
^
x
]
=
(
i
ℏ
)
2
λ
∗
(
[
F
z
,
F
x
]
)
=
(
i
ℏ
)
2
λ
∗
(
F
z
)
=
L
^
y
{\displaystyle [{\hat {L}}_{z},{\hat {L}}_{x}]=(i\hbar )^{2}\lambda _{*}([F_{z},F_{x}])=(i\hbar )^{2}\lambda _{*}(F_{z})={\hat {L}}_{y}}
が従う。
2つの軸に関する軌道角運動量演算子は、SO(3) のユニタリ表現 λ によって結ばれる。すなわち、R を回転行列で z 軸を w 軸に移すものとすると、w 軸の周りの軌道角運動量
L
^
w
{\displaystyle {\hat {L}}_{w}} は合成写像
L
^
w
=
λ
(
R
)
L
^
z
λ
(
R
)
−
1
{\displaystyle {\hat {L}}_{w}=\lambda (R){\hat {L}}_{z}\lambda (R)^{-1}}
である。
前節まで述べたように、軌道角運動量演算子は粒子の位置を表す(x,y,z)による3次元空間上の回転対称性として定義できる。それに対しスピンはそのような定式化ができない。様々な物理実験から、スピンは(x,y,z)とは独立な粒子の第四の内部自由度である事が知られているからである。これが原因で、スピンを考慮した場合、波動関数全体のなすヒルベルト空間
H
\mathcal{H} は一粒子系であっても
H
\mathcal{H}はL2(R3) とは等しくならない。
したがってスピンを記述するには、スピンの状態ベクトルの空間Vs をL2(R3)とは別個に用意し、
H
=
L
2
(
R
3
)
⊗
V
s
{\displaystyle {\mathcal {H}}=L^{2}(\mathbf {R} ^{3})\otimes V_{s}}
を考える必要がある[4]。ここで添字s ≥ 0は整数もしくは半整数であり、Vsは2s+1 次元の複素計量ベクトル空間である。
一粒子系の波動関数の空間
H
\mathcal{H}が上述のように表記できるとき、s をその粒子のスピン量子数という[2]:p384。Vs をスピノール空間[3]:p50、Vs の元をスピノールという。s が整数ではない半整数になるときその粒子をフェルミオンといい、s が整数になるときその粒子をボゾンという。
多くの物理の教科書では、スピンを考慮した波動関数
ψ
∈
H
=
L
2
(
R
3
)
⊗
V
s
{\displaystyle \psi \in {\mathcal {H}}=L^{2}(\mathbf {R} ^{3})\otimes V_{s}}を二通りの方法で表記する。そこで次にこの二通りの表記方法を紹介する。
テンソル積の定義より、波動関数
ψ
∈
H
=
L
2
(
R
3
)
⊗
V
s
{\displaystyle \psi \in {\mathcal {H}}=L^{2}(\mathbf {R} ^{3})\otimes V_{s}}は
ψ
=
∑
j
ϕ
j
(
x
,
y
,
z
)
⊗
σ
j
{\displaystyle \psi =\sum _{j}\phi _{j}(x,y,z)\otimes \sigma _{j}} …(B1)
という形に成分表示できる。ここで
ϕ
j
(
x
,
y
,
z
)
{\displaystyle \phi _{j}(x,y,z)}はL2(R3)の元であり、σjはVsの元である。そこで、
φ
j
(
x
,
y
,
z
,
σ
)
:=
ϕ
j
(
x
,
y
,
z
)
⊗
σ
{\displaystyle \varphi _{j}(x,y,z,\sigma ):=\phi _{j}(x,y,z)\otimes \sigma }
と定義すれば、
ψ
=
∑
j
φ
j
(
x
,
y
,
z
,
σ
j
)
{\displaystyle \psi =\sum _{j}\varphi _{j}(x,y,z,\sigma _{j})}
である。このように表記すると、スピン(を表すスピノール)σjが(x,y,z)とは独立の第四の内部自由度である事がわかりやすい。
スピンを考慮した波動関数ψの成分表示(B1)を別の角度から解釈する。スピンを考慮した波動関数ψに対し、ψ'(x,y,z)を
ψ
′
(
x
,
y
,
z
)
:=
∑
i
ϕ
j
(
x
,
y
,
z
)
⋅
σ
j
∈
V
s
{\displaystyle \psi '(x,y,z):=\sum _{i}\phi _{j}(x,y,z)\cdot \sigma _{j}\in V_{s}}
と定義する事ができる。なお上式で「・」はベクトルσjの
ϕ
j
(
x
,
y
,
z
)
{\displaystyle \phi _{j}(x,y,z)}によるスカラー倍である。スピンを考慮しない通常の波動関数が1次元複素計量ベクトル空間Cに値を取るのに対し、ψ'(x,y,z)は2s+1次元複素計量ベクトル空間Vsに値を取る波動関数であるとみなせる。スピンを考慮した波動関数ψを、Vsに値を取る波動関数とみなしたものを、ψのスピノール表示という。
多くの物理の教科書では、Vsの元を成分表示した形で紹介している。e−s, e−(s − 1), …, es − 1, es をVsの基底とするとき、ψ'(x,y,z)は必ず
ψ
′
(
x
,
y
,
z
)
:=
∑
i
ϕ
j
′
(
x
,
y
,
z
)
⋅
e
j
∈
V
s
{\displaystyle \psi '(x,y,z):=\sum _{i}\phi '_{j}(x,y,z)\cdot e_{j}\in V_{s}}
の形で表記できるので、ψ'(x,y,z)はベクトル
(
ϕ
−
s
′
(x,y,z) ⋮
ϕ
s
′
(x,y,z)
)
{\displaystyle {\begin{pmatrix}\phi '_{-s}(x,y,z)\\\vdots \\\phi '_{s}(x,y,z)\\\end{pmatrix}}}
と成分表示できる。
なお基底 e−s, e−(s − 1), …, es − 1, es は通常、(何らかの軸に関する)スピン演算子に対応した固有ベクトルとする。
量子力学においてスピンを考慮しない場合のオブザーバブル
A
^
{\hat {A}}は、L2(R3) 上のエルミート演算子として定式化されている。スピンを考慮した場合、この演算子
A
^
{\hat {A}}を
A
^
⊗
i
d
:
L
2
(
R
3
)
⊗
V
s
→
L
2
(
R
3
)
⊗
V
s
,
{\displaystyle {\hat {A}}\otimes \mathrm {id} ~:~L^{2}(\mathbf {R} ^{3})\otimes V_{s}\to L^{2}(\mathbf {R} ^{3})\otimes V_{s},}
∑
j
ϕ
j
(
x
,
y
,
z
)
⊗
σ
j
↦
∑
j
A
^
(
ϕ
j
(
x
,
y
,
z
)
)
⊗
σ
j
{\displaystyle \sum _{j}\phi _{j}(x,y,z)\otimes \sigma _{j}\mapsto \sum _{j}{\hat {A}}(\phi _{j}(x,y,z))\otimes \sigma _{j}}
と同一視する事で、スピンを考慮した波動関数の空間
H
=
L
2
(
R
3
)
⊗
V
s
{\displaystyle {\mathcal {H}}=L^{2}(\mathbf {R} ^{3})\otimes V_{s}}上のオブザーバブルとみなす。(ここでidは恒等写像である)。
後述するように、スピン角運動量演算子は、Vs上のエルミート演算子として定式化できるが、これも同種の同一視により、
H
=
L
2
(
R
3
)
⊗
V
s
{\displaystyle {\mathcal {H}}=L^{2}(\mathbf {R} ^{3})\otimes V_{s}}上のオブザーバブルとみなす。すなわち
S
^
{\displaystyle {\hat {S}}}を(何らかの軸に関する)スピン角運動量とするとき、
S
^
{\displaystyle {\hat {S}}}は
i
d
⊗
S
^
:
L
2
(
R
3
)
⊗
V
s
→
L
2
(
R
3
)
⊗
V
s
,
{\displaystyle \mathrm {id} \otimes {\hat {S}}~:~L^{2}(\mathbf {R} ^{3})\otimes V_{s}\to L^{2}(\mathbf {R} ^{3})\otimes V_{s},~~}
∑
j
ϕ
j
(
x
,
y
,
z
)
⊗
σ
j
↦
∑
j
ϕ
j
(
x
,
y
,
z
)
⊗
S
^
(
σ
j
)
{\displaystyle \sum _{j}\phi _{j}(x,y,z)\otimes \sigma _{j}\mapsto \sum _{j}\phi _{j}(x,y,z)\otimes {\hat {S}}(\sigma _{j})}
と同一視する。
軌道角運動量演算子が
L
2
(
R
3
)
{\displaystyle L^{2}(\mathbf {R} ^{3})}上の「無限小回転に対する演算子」として定義可能であったのと同様、スピン角運動量演算子は Vs に対する無限小回転に対する演算子として定義する事ができる。しかしながら、軌道角運動量演算子の定義における
L
2
(
R
3
)
{\displaystyle L^{2}(\mathbf {R} ^{3})}を単純に Vs に置き換えただけではスピン角運動量演算子は定義できない。これは次の理由による。
軌道角運動量演算子の場合、3次元回転行列群 SO(3) の
L
2
(
R
3
)
{\displaystyle L^{2}(\mathbf {R} ^{3})}上のユニタリ表現
λ
(
R
(
t
)
)
:
L
2
(
R
3
)
→
L
2
(
R
3
)
,
ϕ
(
x
)
↦
ϕ
(
R
(
t
)
−
1
x
)
{\displaystyle \lambda (R(t))~:~L^{2}(\mathbf {R} ^{3})\to L^{2}(\mathbf {R} ^{3}),~~\phi ({\boldsymbol {x}})\mapsto \phi (R(t)^{-1}{\boldsymbol {x}})}
を t に関して微分する事で軌道角運動量演算子を定義していた。
したがって軌道角運動量演算子の定義において単純に
L
2
(
R
3
)
{\displaystyle L^{2}(\mathbf {R} ^{3})}を Vs に置き換えてスピン角運動量演算子を定義しようとすると、SO(3) の Vs 上のユニタリ表現が必要となる。しかしながら、そのような表現は常に存在するわけではないことが知られている[2]:p375 Thm 17.10:
定理1 ― 次が成立する:
sが整数の場合、SO(3) の Vs 上の既約なユニタリ表現が(同型を除いて一意に)存在する。
s が整数でない半整数の場合、SO(3) のVs 上の既約なユニタリ表現は存在しない。
すなわち上述した方法論では、s が半整数の場合に対してスピン角運動量演算子を定義する事ができない。この問題の解決方法は2つあり、後述するように2つは本質的に同値である。
一つ目の解決方法は Vs を直接考えるのではなく、Vs の元を位相の相違を無視する同値関係[2]:p368
ϕ
∼
ψ
{\displaystyle \phi \sim \psi }
⟺
d
e
f
∃
α
∈
[
0
,
2
π
]
:
ϕ
=
e
i
α
ψ
{\displaystyle {\overset {def}{\iff }}\exists \alpha \in [0,2\pi ]~:~\phi =\mathrm {e} ^{i\alpha }\psi }
で割った空間
V
s
/
∼
{\displaystyle V_{s}/\sim }
を考え、同様にユニタリ演算子に対しても同様の同値関係
U
∼
U
′
{\displaystyle U\sim U'}
⟺
d
e
f
∃
α
∈
[
0
,
2
π
]
:
U
=
e
i
α
U
′
{\displaystyle {\overset {def}{\iff }}\exists \alpha \in [0,2\pi ]~:~U=\mathrm {e} ^{i\alpha }U'}
により同一視した同値類 [U] を考えるというものである[2]:p369。このユニタリ演算子の同値類全体の集合を
P
U
(
V
s
)
=
U
(
V
s
)
/
∼
{\displaystyle \mathrm {PU} (V_{s})=\mathrm {U} (V_{s})/\sim }
と表記する。PU(Vs) を Vs 上の射影ユニタリ群、PU(Vs) に属する同値類を Vs 上の射影ユニタリ演算子と呼ぶ。
射影ユニタリ演算子 [U] は Vs / ∼ 上の写像となる事が知られている:
[
U
]
:
V
s
/
∼
→
V
s
/
∼
{\displaystyle [U]~:~V_{s}/\sim ~\to ~V_{s}/\sim }
そこでスピン演算子の振る舞いを記述するため、SO(3) のユニタリ表現の代わりに SO(3) の射影ユニタリ表現
R
∈
S
O
3
↦
λ
′
(
R
)
∈
P
U
(
V
s
)
{\displaystyle R\in \mathrm {SO} _{3}\mapsto \lambda '(R)\in \mathrm {PU} (V_{s})}
を用いる。
通常のユニタリ表現と違い、射影ユニタリ表現は次を満たす事が知られている[2]:p383-384
定理2 ― s が整数であっても半整数であっても、SO(3) の Vs 上の既約な射影ユニタリ表現が(同型を除いて一意に)存在する。
よってユニタリ表現の代わりに射影ユニタリ表現を利用する事でスピン角運動量演算子が定義可能である。
本稿では、射影ユニタリ表現を利用したスピン角運動量演算子の定義の詳細は述べない。これは射影ユニタリ表現を使ってスピン演算子を記述している物理の教科書は少ない為である。しかしすでに述べたように、射影ユニタリ表現による解決方法は後述するもう一つの解決方法と本質的に同値なので、もう一つの解決方法を利用したスピン角運動量演算子の定義から射影ユニタリ表現を利用したスピン角運動量演算子の定義を導くことができる。
射影ユニタリ表現による解決方法は、物理的に意味を持たないフェーズで同一視した事を除けば、他のオブザーバブルと類似した形式でスピン角運動量演算子を記述できるため、後述するもう一つの解決と比べ、その物理的意味がわかりやすい事が利点である。
今一つの解決は、SO(3) の代わりに3次元スピン群 Spin(3) を用いるというものである。そこでまず、スピン群の定義と性質を紹介する。n 次元スピン群とは以下の性質を満たす連結な行列群の事である。(このような性質を満たす連結行列群は同型を除いて1つしか存在しない事が知られている):
可微分準同型写像 Φn: Spin(n) → SO(n) で、2:1 の全射となるものが存在する。 …C1
ここでSO(n)はn次元回転行列のなす群である。スピン角運動量の定義に必要なのは、次元が3の場合のスピン群Spin(3)であり、Spin(3)は2次元特殊ユニタリ変換群 SU(2) と同型なことが知られている:
S
p
i
n
(
3
)
≃
S
U
(
2
)
=
{
U
∈
M
2
,
2
(
C
)
:
U
∗
U
=
I
,
d
e
t
U
=
1
}
{\displaystyle \mathrm {Spin} (3)\simeq \mathrm {SU} (2)=\{U\in \mathrm {M} _{2,2}(\mathbf {C} )~:~U^{*}U=I,~\mathrm {det} U=1\}}
したがって以下、特に断りがない限り Spin(3) と SU(2) を同一視する。
スピン群の定義より、回転行列 R は何らかのスピン群の元 U を用いて
R
=
Φ
3
(
U
)
{\displaystyle R=\Phi _{3}(U)}
と書くことができる。これはすなわち、回転行列 R を直接扱う代わりに、スピン群の元 U により回転が記述可能な事を意味する。そこで SO(3) のユニタリ表現の代わりに Spin(3) のユニタリ表現を考える。SO(3) のユニタリ表現と違い、Spin(3) のユニタリ表現は以下を満たす[2]:p383-384:
定理3 ― sが整数であっても半整数であっても、Spin(3) の Vs 上の既約なユニタリ表現が(同型を除いて一意に)存在する。
よって SO(3) のユニタリ表現の代わりに Spin(3) のユニタリ表現を利用する事でスピン角運動量演算子が定義可能である。詳細は後述する。
上述した2つの解決方法は、本質的に同値である。これは Spin(3) のユニタリ表現と SO(3) の射影ユニタリ表現が自然に1対1対応する為である。具体的には、πs(S) をスピン群の元 S の Vs 上のユニタリ表現とし、γ(R) を回転行列 R の Vs 上の射影ユニタリ表現とすると、(適切に同型なものと置き換えれば)以下の図式が可換になる。ここで proj は同値類を取る写像。
S
p
i
n
(3)
⟶
Φ
3
S
O
(3)
π
s
↓
↺ γ
↓
U
(
V
s
)
⟶
proj
P
U
(
V
s
){\displaystyle {\begin{array}{ccc}\mathrm {Spin} (3)&{\overset {\Phi _{3}}{\longrightarrow }}&\mathrm {SO} (3)\\\pi _{s}{\Big \downarrow }&\circlearrowleft &\gamma {\Big \downarrow }\\\mathrm {U} (V_{s})&{\overset {\text{proj}}{\longrightarrow }}&\mathrm {PU} (V_{s})\end{array}}}
以上の議論により、Spin(3)=SU(2)を用いる事でスピン角運動量を定義できる事がわかった。そこで本節では、スピン角運動量の定義に必要となる
スピノール空間Vs
定理3で述べたSpin(3)=SU(2)の既約ユニタリ表現
π
s
:
S
p
i
n
(
3
)
→
U
(
2
)
{\displaystyle \pi _{s}~~:~~\mathrm {Spin} (3)\to \mathrm {U} (2)}
Spin(3)=SU(2)からSO(3)への写像
Φ
3
:
S
p
i
n
(
3
)
→
S
O
(
3
)
{\displaystyle \Phi _{3}~~:~~\mathrm {Spin} (3)\to \mathrm {SO} (3)}
などを具体的に書き表す。ただし本節ではVsとπsに関しては最も重要なs=1/2の場合を述べるに留める。それ以外のsに関しては後の章を参照されたい。
M2, 2(C) を複素二次正方行列全体の集合とし、I を単位行列とするとき、Spin(3) = SU(2)は2次元ユニタリ変換全体の集合
U
(
2
)
=
{
U
∈
M
2
,
2
(
C
)
:
U
∗
U
=
I
}
{\displaystyle U(2)=\{U\in M_{2,2}(\mathbf {C} )~:~U^{*}U=I\}}
の部分集合である。したがって
V
1
/
2
=
C
2
{\displaystyle V_{1/2}=\mathbf {C} ^{2}} …(H1)
と定義すると、包含写像
i
d
:
U
∈
S
U
(
2
)
↦
U
∈
U
(
2
)
{\displaystyle \mathrm {id} ~:~U\in \mathrm {SU} (2)\mapsto U\in \mathrm {U} (2)}
は Spin(3) = SU(2) の元の V1/2 上のユニタリ表現になっている。このユニタリ表現が、定理3で述べた既約ユニタリ表現の s=1/2 の場合に相当している。すなわち、
{\displaystyle \pi _{1/2}=\mathrm {id} } …(H2)
以上の準備の元、スピン角運動量を定義する。
π
:
S
p
i
n
(
3
)
→
U
(
V
s
)
{\displaystyle \pi ~:~\mathrm {Spin} (3)\to \mathrm {U} (V_{s})}
を Spin(3)=SU(2) の Vs上の既約ユニタリ表現とする(そのようなユニタリ表現の存在性と(同型を除いた)一意性は定理3で保証される)。なお s=1/2 に対するVs、πs は(H1)、(H2)にすでに記載した。それ以外のsに対するVs、πs は次節以降に後述する。
さらに
Φ
3
:
S
p
i
n
(
3
)
→
S
O
(
3
)
{\displaystyle \Phi _{3}~:~\mathrm {Spin} (3)\to \mathrm {SO} (3)}
を(C1)式で述べた、Spin(3) から SO(3)への 2:1 写像とする(この写像の具体的な形は(E1)式を参照)。これらの写像を図にすると以下のとおりである。ここで記号「
G
↷
V
{\displaystyle G{}^{\curvearrowright }V}」はGがベクトル空間V上の行列群である事を意味する(すなわちGはVに作用する)。
S
p
i
n
(3)
→
π
U
(
V
s
)
↷
V
s
Φ
3
↓ SO(3)
↷
R
3
{\displaystyle {\begin{array}{rl}\mathrm {Spin} (3)&{\xrightarrow {~~~~~\pi ~~~~~}}{}\mathrm {U} (V_{s}){}^{\curvearrowright }V_{s}\\\Phi _{3}\downarrow &\\SO(3)&{}^{\curvearrowright }\mathbf {R} ^{3}\end{array}}}
πs が誘導する写像 (πs)*を以下のように定義する:
π
∗
:
d
U
(
t
)
d
t
|
t
=
0
∈
s
p
i
n
(
3
)
=
s
u
(
2
)
↦
d
π
s
(
U
(
t
)
)
d
t
|
t
=
0
∈
{
V
s
{\displaystyle \pi _{*}~:~\left.{\operatorname {d} U(t) \over \operatorname {d} t}\right|_{t=0}\in {\mathsf {spin}}(3)={\mathsf {su}}(2)\mapsto \left.{\operatorname {d} \pi _{s}(U(t)) \over \operatorname {d} t}\right|_{t=0}\in \{V_{s}}上のエルミート演算子
}
\} …(F1)
同様に Φ3 が誘導する(Φ3)* を(D1)式のように定義すると、(Φ3)* は(D2)式のように書け、(D3)より
(
Φ
3
)
∗
:
s
p
i
n
(
3
)
→
∼
s
o
(
3
)
{\displaystyle (\Phi _{3})_{*}~:~{\mathsf {spin}}(3){\overset {\sim }{\to }}{\mathsf {so}}(3)}
である。
単位ベクトル n = (x, y, z) ∈ R3に対し無限小回転 Xn ∈ su(2) を(L6)式のように定義し、合成写像
X
n
∈
s
p
i
n
(
3
)
→
(
π
s
)
∗
{
V
s
{\displaystyle X_{\boldsymbol {n}}\in {\mathsf {spin}}(3){\overset {(\pi _{s})_{*}}{\to }}\{V_{s}}上の歪エルミート演算子
}
→
×
i
ℏ
{
V
s
{\displaystyle \}{\overset {\times i\hbar }{\to }}\{V_{s}}上のエルミート演算子
}
\}
によって定まるエルミート演算子
S
^
n
=
i
ℏ
⋅
(
π
s
)
∗
(
X
n
)
{\displaystyle {\hat {S}}_{\mathbf {n} }=i\hbar \cdot (\pi _{s})_{*}(X_{\mathbf {n} })} …(F2)
を考えると、(D2)より、
S
^
n
=
i
ℏ
⋅
(
π
s
)
∗
(
X
n
)
=
i
ℏ
⋅
(
π
s
)
∗
(
(
Φ
3
)
∗
−
1
(
F
n
)
)
{\displaystyle {\hat {S}}_{\mathbf {n} }=i\hbar \cdot (\pi _{s})_{*}(X_{\mathbf {n} })=i\hbar \cdot (\pi _{s})_{*}*1}
と書けるので、
S
^
n
{\displaystyle {\hat {S}}_{\mathbf {n} }}は3次元空間上の無限小回転Fnに対応する演算子とみなせる。
この
S
^
n
{\displaystyle {\hat {S}}_{\mathbf {n} }}を、nを回転軸にもつスピン角運動量演算子と呼ぶ[3]:p50-51,60[7]。
Wu、Wvをそれぞれ2u+1次元、2v+1次元の複素計量ベクトル空間とし、
D
u
:
S
p
i
n
(
3
)
→
U
(
W
u
)
{\displaystyle D^{u}~:~\mathrm {Spin} (3)\to \mathrm {U} (W_{u})}
D
v
:
S
p
i
n
(
3
)
→
U
(
W
v
)
{\displaystyle D^{v}~:~\mathrm {Spin} (3)\to \mathrm {U} (W_{v})}
を既約ユニタリ表現としても
D
u
⊗
D
v
:
S
p
i
n
(
3
)
→
U
(
W
u
)
⊗
U
(
W
v
)
⊂
U
(
W
u
⊗
W
v
)
{\displaystyle D^{u}\otimes D^{v}~:~\mathrm {Spin} (3)\to \mathrm {U} (W_{u})\otimes \mathrm {U} (W_{v})\subset \mathrm {U} (W_{u}\otimes W_{v})}
は既約ユニタリ表現になるとは限らない。しかし適切に基底を取り替えれば、以下の事実が成り立つ事が知られている:
W
u
⊗
W
v
≃
⨁
w
=
|
u
−
v
|
u
+
v
W
w
{\displaystyle W_{u}\otimes W_{v}\simeq \bigoplus _{w=|u-v|}^{u+v}W_{w}}
D
u
⊗
D
v
≃
⨁
w
=
|
u
−
v
|
u
+
v
D
w
{\displaystyle D^{u}\otimes D^{v}\simeq \bigoplus _{w=|u-v|}^{u+v}D^{w}}
上式をクレブシュ-ゴルダン分解という[3]:p59[9]:p116。
上式左辺の基底は、
|
u
,
j
1
⟩
⊗
|
v
,
j
2
⟩
{\displaystyle |u,j_{1}\rangle \otimes |v,j_{2}\rangle }
の形式で記述できる。ここで
|
u
,
j
1
⟩
{\displaystyle |u,j_{1}\rangle }は固有値j1に対応するDuの固有状態である。一方右辺の基底は
|
u
,
v
,
w
,
j
⟩
{\displaystyle |u,v,w,j\rangle }
の形式で記述できる。ここで
|
u
,
v
,
w
,
j
⟩
{\displaystyle |u,v,w,j\rangle }は
W
u
⊗
W
v
{\displaystyle W_{u}\otimes W_{v}}における、固有値jに対応するDwの固有状態である。両者は基底変換で結ばれるので、何らかの係数c(u,v,w,j1,j2,j)を用いて
|
u
,
v
,
w
,
j
⟩
=
∑
w
=
|
u
−
v
|
u
+
v
c
(
u
,
v
,
w
,
j
1
,
j
2
,
j
)
|
u
,
j
1
⟩
⊗
|
v
,
j
2
⟩
{\displaystyle |u,v,w,j\rangle =\sum _{w=|u-v|}^{u+v}c(u,v,w,j_{1},j_{2},j)|u,j_{1}\rangle \otimes |v,j_{2}\rangle }
と書ける。c(u,v,w,j1,j2,j)をクレブシュ-ゴルダン係数という[3]:p60-61。
活性酸素(かっせいさんそ、英: Reactive Oxygen Species、ROS)は、大気中に含まれる酸素分子がより反応性の高い化合物に変化したものの総称である[1]。一般的にスーパーオキシドアニオンラジカル(通称スーパーオキシド)、ヒドロキシルラジカル、過酸化水素、一重項酸素の4種類とされる[1]。活性酸素は、酸素分子が不対電子を捕獲することによってスーパーオキシド、ヒドロキシルラジカル、過酸化水素、という順に生成する[2]。スーパーオキシドは酸素分子から生成される最初の還元体であり、他の活性酸素の前駆体であり、生体にとって重要な役割を持つ一酸化窒素と反応してその作用を消滅させる[3]。活性酸素の中でもヒドロキシルラジカルはきわめて反応性が高いラジカルであり、活性酸素による多くの生体損傷はヒドロキシルラジカルによるものとされている[4]。過酸化水素の反応性はそれほど高くなく、生体温度では安定しているが金属イオンや光により容易に分解してヒドロキシルラジカルを生成する[5]。活性酸素は1 日に細胞あたり約10 億個発生し、これに対して生体の活性酸素消去能力(抗酸化機能)が働くものの活性酸素は細胞内のDNAを損傷し,平常の生活でもDNA 損傷の数は細胞あたり一日数万から数10 万個になるがこのDNA 損傷はすぐに修復される(DNA修復)[6]。
活性酸素にはフリーラジカルとそうでないものがある。スーパーオキシドアニオンラジカルやヒドロキシルラジカルはフリーラジカルである。過酸化水素や一重項酸素はフリーラジカルではない。広義の活性酸素には一酸化窒素、二酸化窒素、オゾン、過酸化脂質などを含む。
狭義の活性酸素
ヒドロキシルラジカル HO•
スーパーオキシドアニオンラジカル O2•-
ヒドロペルオキシルラジカル HO2•
過酸化水素 HOOH
一重項酸素 1O2
広義の活性酸素
一酸化窒素 NO
二酸化窒素 ONO
オゾン O3
過酸化脂質
多くの好気性生物は、生命維持に必要なエネルギーを得るため、ミトコンドリアで絶えず酸素を消費している。これらの酸素の一部は、代謝過程において活性酸素と呼ばれる反応性が高い状態に変換されることがある[7][8][要高次出典]。 呼吸鎖で活性酸素を生成するのは主にミトコンドリア中の電子伝達系の複合体Ⅲにおける反応である。
ユビキノール+2シトクロムc3++2H+in → ユビキノン+2シトクロムc2++4H+out
ユビキノン(Q)は複合体Ⅰ(NADH-CoQレダクターゼ)または複合体Ⅱ(コハク酸-CoQレダクターゼ)によって還元されてユビキノール(QH2)となる。QH2は引き続いて1電子酸化を行ってユビセミキノン(・Q-)へ、さらにもう1電子酸化を行って元の酸化状態のユビキノン(Q)に戻るが、このときの不安定な中間体であるユビセミキノン(・Q-)は酸素と直接に反応してスーパーオキサイドアニオン(O2-)を生成しやすい。この活性酸素発生率は摂取する酸素量の1-3%であると言われている[2][9]。このため人体では1日100リットル以上の活性酸素が発生していると言われている[9]。しかし、実際の発生率は0.1-0.2%であるとも言われている[8][要高次出典]。
発生した活性酸素・フリーラジカルは様々な物質に対して非特異的な化学反応をもたらし、細胞に損傷を与え得るために、その有害性が指摘されている。
それを防ぐために各組織には抗酸化酵素と呼ばれる、活性酸素・フリーラジカルを消去あるいは除去する酵素が存在する。その抗酸化酵素としてカタラーゼやスーパーオキシドディスムターゼ、ペルオキシダーゼなど、活性酸素を無害化する酵素がある。
細胞内の酵素で分解しきれない余分な活性酸素は癌や生活習慣病、老化等、さまざまな病気の原因であるといわれており、遺伝子操作によって活性酸素を生じやすくした筋萎縮性側索硬化症のモデル動物も存在するが、因果関係がはっきりとしていないものも多い。
なお、喫煙による活性酸素の増加が、細胞を傷つけ癌を増加させるのみでなく、ビタミンCの破壊を促進し、しみ、くすみなどの原因となるメラニンを増加させてしまうことが知られている[10][要高次出典]。
活性酸素は高い反応活性を持つため、外部から入り込んできた異物(微生物)を排除することが出来るのがわかってきた。これらを応用して病気の治療や新薬の開発が期待される。
白血球などの好中球やマクロファージが体内の異物や毒物を認識し取り込み分解することは知られているがこの時に細菌などを分解するのに活性酸素が働いている。白血球(好中球)は、体内に細菌が侵入してくると捕獲(貪食)し、白血球はNAD(P)Hオキシダーゼを使ってNADH(NADPH)とH+と酸素を反応させて、過酸化水素を生成し、貪食されてもまだ増殖しようとする細菌を殺菌し感染から守る生体防御メカニズムを有する[11][要高次出典]。
体内で取り込まれた酸素から発生する活性酸素以外に外的な要因で発生する活性酸素もある。紫外線や放射線などが細胞に照射されると細胞内に活性酸素が発生するのが知られている。これを利用したものに、癌治療として放射線治療などが有名である。
また活性酸素の呼ばれている物質の一部は、内因性に増殖の細胞内シグナルとして働く事が明らかになってきた[12][13][14]。
このように生体と活性酸素の関係の有害・有用の両側面においての研究が行われている。
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